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入社式社長メッセージ


 皆さんを前にすると、自分が皆さんと同じ新入社員だった頃のことを思い出す。
自分は福島で生まれて、勉強もあまり好きではなかったので地元の大学に進学して、学生時代はバンド活動ばかりやっていた。
 就職活動も本気でやらなかったので、4年生の秋になったとき、周囲の人間はたいてい内定が決まっていたが、自分だけが最後まで進路が決まらなかった。どうしようかと思ったが、11月になって大手化粧品企業から内定をもらった。自分のツキはいつも意識していた。

 新卒で入社した頃から自分は社長になりたかった。会社での成績は良かったのだが大企業の評価は減点方式で自分には合わなかった。大企業の場合、25歳くらいから第一次選抜が始まり、ミスしたらどんどん減点されて出世から外されていく。プラスを加算するのではなくミスを加算する。自分はそういうことがいやだった。

 そこで会社を辞めて、広告代理店に勤めた。そして、そのうち独立して自分の会社をつくろうと思った。少ない資金で作れるのは不動産屋か広告代理店の二つ。それしか思いつかなかった。そこで、電話と机さえあればできる広告代理店の事業を始めた。

人生の分岐点〜成功に満足せず変化するためアクションを起こすこと

 会社を始めて、色々な経験をした。はじめは収入が10万円くらいで、それから人並み程度に収入が得られるようになって、そして人並み以上の収入になってきた。そこが人生の分岐点だ。
 人間、ちょっとくらいお金を持つと、そこで満足してしまう人がほとんど。中小企業の社長さんでそういう人はたくさんいる。だが、自分は「何のために仕事をするのかな」とか、「お金だけじゃないな」とか、「何で自分は生きているのかな」と、そういうことを真剣に考えるようになっていた。

事業を真剣にやっていると、いずれかの段階で「自分は社会のために何ができるのか」そんなことを考えるようになると思う。自分がそんな考えを持つようになって自分自身が変化していったのだと思う。

 その頃、自分は東北の人間だから新潟を含めた東北7県に求人誌の事業を拡大していこうと考えた。新潟から始まり、岩手県まで事業拡大した。「このままいくと東北では一等賞を取れちゃうな」という感じがあった。その当時は30歳くらいだったので、かっこいい青年実業家としてもてはやされ、大いばりで、昔のネットバブルの起業家の地方版みたいな状態だった(笑)。
 仕事は多少できても人間的に未熟だと大きなミスして駄目になる人が多い。当時の自分も得意になっていて、今思うと相当危なかったと思う。

 若手経営者の代表としてちやほやされたりしているうちに「これでいいのかなー」とだんだん思うようになってきた。変化したいと思った。そのときに起きたのが1997年のアジア危機を受けた大不況だった。
 求人誌事業は不況の影響を受けやすいものだが、1997年に業績が落ち、半年で客数が3分の1、半年で売上が半分にまでなった。本当に地獄のような局面で、正直言うと、このまま行くと会社が潰れるのではと初めて恐怖を覚えた。でも、そうなったときに、「よしっ」と本気戦闘モードのスイッチが入った。
 事業所を少しは儲かっている事業所も含めて半分閉じ、大きく儲かっている事業所に経営資源を集中して収益力を上げた上で、単身東京に出た。
 そして東京でインターネットの新事業を始めた。実際に本当の逆境になって、その極限になって、初めて自分は変化しようと思ったのだ。

 心の中ではずっと、このまま紙媒体の求人大手の会社と同じようなことをやっていたら、田舎の一等賞は取れるけど100年経っても日本で一等賞は取れないと思っていた。そもそも人まねだけじゃ面白くない。だから、求人誌以外の新規事業を考えていた。
 その少し前からインターネットは知っていて、1995年から毎年アメリカにインターネットの視察に行ったり、1996年ごろのネット人口は日本に数十万人だと思うが、全国版無料求人サイトを立ち上げる等、インターネットの事業には研究も含め、少なからず投資をしていた。そういった準備をしていたからこそ、そこで変化できた。

逆境は人を育てる〜プラスの逆境とマイナスの逆境

 東京でインターネット事業をやるなら一番大きなマーケットで新規事業をやるのだから、自らやらなかったら話にならないと、単身上京した。そして苦労をしながら、そこそこ軌道に乗せ、そして東証マザースに上場した。
 しかし上場した途端、ネットバブル崩壊。そして3年に渡ってまた逆境が始まった。だから逆境は友人だ(笑)。それもなんとか乗り越え今のピーエイがある。

 リーマンショック以来世界は一変した。そして東日本大震災が被災地だけでなく日本人一人一人の心を揺さぶった。一人一人が自分と自分の寄って立つところを強く意識した。そしてどのように生きるかを自分に問い質した。

 心技体、真善美が整わなければ長期的に成長できない。そしてまた自分が逆境の中で学んだ。「逆境は人を育てる」ということだ。

 逆境にはプラスの逆境とマイナスの逆境がある。マイナスの逆境とは、マイナスの状態をプラスにしなくてはならない逆境である。対して自分でどんどん大きな目標を作って、自分をあえて逆境に追い込むということができる。あるべき姿に向かって挑戦するために自ら逆境をつくることが良い逆境だ。

しかし同じ人が心の持ちようで神にも悪魔にも天才にも愚かな人にもなってしまう。すばらしい判断力の人が時に愚かな決断をしてマイナスの逆境に陥るなど珍しくもない。人の怖いところだ。

結果が良ければ全て良し、どんな逆境でもその人にとってプラスになれば良い。そう思って頑張れば未来は必ず拓ける。皆もそう考えてどんな時にも前向きであってもらいたい。

 皆さんはこれから社会人になって、色々な人生を送っていく。ピーエイで働いていけば、間違いなくプラスの逆境をつくることができる。しかし皆さんにいつか必ずマイナスの逆境もくるだろう。しかし逆境が来たとき、ある意味自分を変化させるチャンスだと思えるようにして欲しいと思う。自分も逆境になって初めて「変化しよう」と思った。そしてそのことに真剣に集中して、その度に成長してきた。

人間的に勉強していくためには経験が必要〜未熟から成熟へ

 自分はどんなときも本当に真剣になって事業に取り組んできたが、過去と比べても実は今ほど真剣になって仕事に向き合っていることはない。年を追うほどに仕事に真剣になっていくというのは不思議だが、人間、年を追うごとに目覚めるものがあるのだ。今初めて気づくこともある。本当に自分は今まで相当未熟だったなと改めて思うし今も未熟だと思う。今からもどんどん自己革新してゆきたい。

 自分が尊敬している人に昭和を代表する大経営者の京セラの稲盛和夫さんという方がいるが、稲盛さんは、人生、あるいは仕事の結果は「能力×努力」と「正しい考え方」によると言っている。能力があって努力しても「正しい考え方」がなく、未熟な動機・不純な動機で始めたら、全部マイナスの結果になってしまうというのである。

 人間というのは、天才じゃない限り、やっぱり熟していくまで相当時間がかかるものだなといった実感がある。成熟していくためには、確実に人間的に勉強していくことが必要なのだろうし、人間的に勉強していくためには、経験(特に失敗)が必要だろうから、ある程度年齢も必要なんだろうと思う。
そのことは皆さんも同じだろうと思う。

正しい考え方とは真剣にやること〜仕事に取り組む前の「心の姿勢」

 人生や仕事においては「正しい考え方」をするというのが大事なことだ。「正しい考え方」とは「心の姿勢」のあり方だ。

 野球で打者はバッターボックスに入ったらピッチャーを見る、短距離走にしても「よーい」と言ったときにゴールの方を見る、それが心の姿勢だと思う。バッターボックスに立っていても集中しなかったら打てるわけがない。まず真剣にピッチャーを睨む、あるいはゴールを睨むことによって集中して、「やるぞ」と構える。真摯であり、まじりっけがない、まっすぐで純粋な「心の姿勢」が大事だ。

 しかし、そうやって真剣にやっても、ほとんどの場合は失敗する。野球の3割打者でも10回打って7回アウトになる。結局、何回失敗してもあきらめないヤツが成功を掴む。

姿勢がしっかりしていれば本気で打ち込み、本気で失敗したときは心も辛いし痛いから、「もう痛い目にあいたくない」と、いろんなことを真剣に学んで、過去失敗した経験を生かし成長して再挑戦する。だから成長する。いい加減にやってたら悔しくもならないから得るものも少ないし成長できない。
 仕事をやる以上は、真剣にやらなかったら、「心の姿勢」がしっかりしていなかったら、絶対うまくいかないと思う。「心の姿勢」が一番大事なのではないかと思う。

大きな目標に向かうために〜3年後4年後の自分のために貯金

 皆さん、目標は大きく持ってもらいたい。自分自身の目標の持ち方次第によって人生は変わってくると思う。

 江戸時代は士農工商の世の中で職業選択の自由はなかった。今の世の中は資本主義で、そのいいところは、自分で自分の進路を選べる、自分の人生を決められるということだ。そういった世の中に生まれて、自分は「変わりたい」と思ったから、自分のような人間でも経営者として会社を上場させられ、これからもっと夢をみて挑戦できる。
だから自分の人生をどうするかは、皆さん自分自身の考え方次第だと思う。

 「こうなりたい」と思った方向を見て一歩一歩近づいて行けば、次第に実現に近づくということを信じて欲しい。自分を信じて欲しい。
皆さんには、そのために今、挑戦して欲しいし苦労して欲しいと思う。苦労は、自分の将来のための貯金だ。自分を大事にしたいなら、今のためじゃなくて3年後、4年後の自分のために工夫や努力や経験という貯金をして欲しい。

これからの自分の挑戦とみなさんへの期待

 自分も紆余曲折あってここまで来た。そしてやっと今の年齢になって、はじめて目覚めたということがたくさんある。サラリーマン経験は3年くらいしかないので、自己流で回り道をしながらやってきた。でもそういう中で自分の人生に影響を与えた出会いがあった。それも運だと思う。田舎で起業したが、もしあの時東京で起業してたら違う人生を歩んでいたかもしれない。わからない。それも全部自分の運命だ。でも結果的に今の自分がいる。お客様と笑顔と感動を共有しようと同志と仕事をしている。社会での自分の役割を常に意識している。だから今までの人生が正しかったとしか言いようがない。宿命が自分の運命に変わって天命に変わったのだと思う。

 今までいろんな経験をして、少しずつわかってきて、尚この段階で自分にはまだものすごい時間があるということに、大変な喜びを感じている。今こうして話している自分のポジションはこれから挑戦するのにわりと悪くない。苦労したときに人生のどん底を味わったからこそ言えたりやれたりすることはいっぱいある。だからこれからの5、10、20年が自分の人生の一番美しい時間になるであろうことを確信している。価値あるものを作っていこうと思っている。

ピークが若いときにあって、その残骸で残り人生を生きるのはイヤだ。自分が死ぬときが一番のピークだといえるように生きたい。

 自分は皆さんと同じように未熟だったし、まだ未熟だ。これからも苦労し挑戦していく一人である。皆さんと同じだ。だから自分と同じように皆さんも挑戦し、工夫し、壁にぶち当たり苦労するということを前向きにとらえて頑張って欲しい。

 皆さんには、皆さんが自分と同じ年齢になったときに本当に良い仕事をしている、幸せだと言えるようになって欲しい。そういう意味では皆さんと自分はある意味ライバルとして同士として切磋琢磨したい。そして共に成長してゆきたいと思う。

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